「サラ金」は国会で何回語られたか|国会会議録で数えた1970〜2026年、1983年の516件から2025年の1件へ(消費者金融・ヤミ金・多重債務も)

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「サラ金 ランキング」「サラ金 審査 評判」と、今でもこの言葉で探している人へ。「サラ金」は、国会の議事録に、1983年の1年間だけで516件の発言として残っている言葉です。その年に貸金業規制法ができ、言葉はそこから少しずつ使われなくなり、2025年に国会で「サラ金」が出てきた発言は1件だけでした。

この記事は、国立国会図書館の「国会会議録検索システム」の検索用API(kokkai.ndl.go.jp)を使い、1970年から2026年まで1年ずつ、「サラ金」「消費者金融」「ヤミ金」「多重債務」「サラ金地獄」を含む発言の数を数えたものです。2026年10月14日に取得しました。数字は、その言葉を一度でも含む国会での発言の件数で、言葉が出てきた回数そのものではありません。山の年には、実際にどんな発言があったかも会議録の本文で確かめています。

数えた結果:「サラ金」「消費者金融」「ヤミ金」の発言数

年 サラ金 消費者金融 ヤミ金 多重債務
1972 3 33 0 0
1976 13 3 15 0
1977 72 15 4 0
1978 398 50 6 0
1982 122 33 4 0
1983 516 84 0 1
1984 462 51 1 37
1985 136 18 1 6
1992 30 26 0 75
1995 3 1 0 2
1999 87 57 14 64
2003 66 39 183 54
2006 207 314 304 566
2009 43 14 46 122
2012 3 9 2 25
2018 33 17 1 129
2021 5 9 0 8
2023 1 2 0 3
2025 1 9 0 20

国立国会図書館「国会会議録検索システム」検索用API(発言単位・各年1月1日〜12月31日、2026年10月14日取得)。1970〜2026年の全年を数え、主な年を抜き出した。2026年は10月14日までの数字で、サラ金0・消費者金融3・ヤミ金0・多重債務8。

「サラ金」の発言数には、はっきりした山が3つあります。1978年の398件、1983年の516件と1984年の462件、そして2006年の207件です。「ヤミ金」は2003年の183件と2006年の304件に山があり、それ以外の年はほとんど0か一桁です。「多重債務」は2006年に566件と、5つの言葉の中でいちばん大きな山を作りました。

検索の条件は、発言の本文のどこかにその言葉を含むもの、という指定です。言葉の一部が一致すれば数えるので、「クレジット・サラ金問題」のような団体名や、ほかの話題の中でたとえとして出てきた発言も入っています。数字は「その年に、国会でその言葉がどれくらい話されたか」の目安として読んでください。

数え方の限界:少ない年の数字は、別の話が混じる

検索の仕組みの上、件数の少ない年には、関係のない発言が混じっています。実際に本文を開いて確かめた例を挙げます。

年・言葉 件数 本文を開くと
1971年「サラ金」 1 参議院運輸委員会の、鉄道の単線区間についての発言。サラ金の話ではなかった
1976年「ヤミ金」 15 ロッキード問題の特別委員会で出た「やみ金融」や、災害の見舞金についての答弁など。消費者向けのヤミ金の話ではないものが含まれていた
1972年「消費者金融」 33 全国銀行協会連合会の会長が、銀行の「住宅金融をはじめいわゆる消費者金融の拡充」を語るなど、銀行の個人向け融資を指す言葉として使われていた
1984年「多重債務」 37 通商産業省の課長が、割賦販売法の改正に「多重債務者の発生を防止するためのいろいろな規定」を盛り込んだと説明するなど、クレジットの話も含む

国会会議録検索システムで各年の発言の本文を確かめた結果。1971年10月28日 参議院運輸委員会、1976年6月24日 衆議院ロッキード問題に関する調査特別委員会、1972年9月13日 衆議院大蔵委員会、1984年7月26日 衆議院物価問題等に関する特別委員会。

とくに「消費者金融」は、1970年代の初めには、銀行が個人に貸すこと全般を指す言葉でした。1972年10月13日の参議院大蔵委員会では、大蔵省の銀行局長が「消費者金融の金利の表示」について、「アドオンと称する一律の金利表示方式については問題がございますので、実質金利というものを必ず併記させております」と答えています。言葉の意味そのものが、年代で変わっていたということです。この記事では、件数が数十件を超える山の年だけを、傾向として読んでいます。

1978年:「サラ金」が国会の言葉になった年

1977年に72件だった「サラ金」の発言は、1978年に398件へと5倍以上に増えています。その年の12月14日、衆議院の大蔵委員会で、大蔵省の銀行局長はこう答えていました。

「サラ金の規制の問題につきましては、各省庁に関係するところが大きいわけでございまして、六省庁の連絡会議でいろいろ議論しているわけでございます。サラ金に対して規制を強化すべきであるということにつきましては各省庁の意見が一致しているわけでございますが、いろいろ具体的な技術的な問題もございまして、いまそういう問題の詰めに入っているわけでございまして」

第86回国会 衆議院 大蔵委員会 第2号(1978年12月14日)徳田博美 大蔵省銀行局長。国会会議録検索システム。

同じ日の委員会では、委員から「いまあります出資法の改正という形で片をつけるのか、あるいはまた特別にサラ金だけの別の法律をつくるのか」という質問も出ていました。1978年の時点で、サラ金を規制すること自体には各省庁の意見が一致していて、どういう形の法律にするかが議論されていた、ということが会議録から分かります。

1983年:516件、貸金業規制法の年

「サラ金」の発言がいちばん多かったのは1983年の516件です。この年、貸金業の規制等に関する法律(貸金業規制法)が成立し、11月に施行されました。その11月の国会では、法律ができた後の様子が語られています。

「御案内のとおり、消費者信用と申しますか、いわゆるクレジット関係、サラ金の利用が急速に伸びてきておりまして、そういう社会現象を反映したものではないかというように考えております。簡裁の民事事件の大半がこのクレジット、サラ金関係事件でございます。訴訟事件の約五〇%、督促で見てみますと約八〇%がクレジット関係でございますし、調停事件の約六〇%はサラ金調停でございます。」

第100回国会 参議院 法務委員会 第4号(1983年11月27日)山口繁 最高裁判所総務局長。

最高裁判所の総務局長が、簡易裁判所の調停事件の約6割が「サラ金調停」だと答えています。サラ金をめぐる争いが、裁判所の事件の数を押し上げるほどの規模になっていたということです。同じ月の参議院の委員会では、大蔵大臣が「議員立法でサラ金規制法等ができましたので、別の意味におけるいわゆる悲劇というような問題につきましては、この新法に基づいてこれからそういうことが起こらないような努力を傾けてまいる」と答弁していました。

1982年から1983年にかけては、「サラ金地獄」という言葉も31件の発言に出てきます。1983年11月24日の参議院法務委員会では、委員が「サラ金地獄をどうして救うか、法律でどうして救うか」を問い、保証人を立てさせる貸し方が「サラ金地獄をつくる大きな原因になっている」と述べていました。

同じ11月25日の参議院の特別委員会では、委員が新聞の数字として、昭和28年に1万3,805件だった庶民金融の貸金業者が、昭和57年12月には21万2,269に増えた、と述べています。届出の数え方が今とは違うので、金融庁の資料集の数字とはそのまま比べられませんが、1980年代の初めに、それだけ多くの貸し手がいたという国会での認識が分かります。

当サイトで金融庁の資料集から数えた記事では、貸金業者の数は、記録が残る中で1986年3月末の4万7,504がいちばん多い数字でした。規制法ができた後も、業者の数はしばらく増え続けていたことになります。→ 中小の消費者金融は全国255社|金融庁の資料集で数える

1990年代:言葉が静かになり、「商工ローン」へ

1985年の136件を過ぎると、「サラ金」の発言は数十件に落ち着き、1995年には3件まで減りました。ピークの1983年の516件と比べると、12年で約172分の1になった計算です。代わりに目立ち始めるのが「多重債務」で、1992年に75件の山があります。

1999年には「サラ金」が87件、「消費者金融」が57件と、もう一度少し増えます。この年の議論の中心は、事業者向けの「商工ローン」でした。12月14日の参議院財政・金融委員会では、委員が、市民団体の「クレジット・サラ金・商工ローン一一〇番」に寄せられた相談のうち、商工ローン関係が154件あったことを挙げて質問しています。その4日前の同じ委員会では、別の委員が、消費者金融は保証を取らない代わりに限度額が50万円くらいで、「どんなに多く借りてもサラ金からは二百万円」と述べ、保証人を取る商工ローンとの違いを説明していました。

第146回国会 参議院 財政・金融委員会 第4号(1999年12月10日)・第5号(同12月14日)。

2003年と2006年:「ヤミ金」と「多重債務」の山

2003年、「ヤミ金」の発言が183件に跳ね上がります。この年、ヤミ金融対策法が成立しました。7月24日の参議院財政金融委員会の会議録には、審査する請願の一つとして「出資法の上限金利の引下げ、ヤミ金融対策法の制定に関する請願」が並んでいます。

そして2006年、4つの言葉がそろって山を作ります。「多重債務」566件、「消費者金融」314件、「ヤミ金」304件、「サラ金」207件です。この年の12月、上限金利の引下げや、借入れの総額を年収の3分の1までとする規制を入れた改正貸金業法が成立しました。12月13日の参議院本会議の委員長報告は、法律案の内容を「貸金業の登録要件の強化や、貸金業協会の認可法人化等による貸金業の適正化、指定信用情報機関制度の創設等による過剰貸付けに係る規制、出資法の上限金利の引下げ等の措置」と説明しています。

「私は元々弁護士をやっておりました。昭和五十七年の登録でありますが、当時からこのサラ金の問題等、いや応なく事件処理に携わらざるを得なかったという経験を持っているわけでありますが、今回、この法案を審議するに当たって、いわゆる多重債務者、これが先ほどの答弁にもありましたように二百三十万人ぐらいいらっしゃると、こういう数字であります。」

第165回国会 参議院 財政金融委員会 第9号(2006年12月12日)山口那津男 委員。

1983年に「サラ金」として議論された問題が、2006年には「多重債務」という言葉で議論されています。言葉が変わっても、借りすぎと取立ての問題が、23年をかけてもう一度国会の大きな議題になった、という流れが数字に出ています。

ヤミ金に払ったお金の扱いについては、この議論の2年後、2008年に最高裁判所が、年利数百%を超えるヤミ金は元本の返還も請求できないと判断しました。→ ヤミ金に元本は返さなくていい?最高裁平成20年6月10日判決を読む

「消費者金融」が「サラ金」を上回った年

銀行の個人向け融資を指していた1970年代の初めを除くと、「消費者金融」の発言数が「サラ金」を上回ったのは、1997年(34件対26件)が最初でした。その後は、2005年(51件対41件)、2006年(314件対207件)、2007年(66件対47件)と3年続けて上回り、それ以降は年によって入れ替わっています。2021年以降は、2021年の9件対5件から2025年の9件対1件まで、5年続けて「消費者金融」の方が多くなっています。法律の議論が大きく動いた2006年前後に、国会の呼び方が切り替わっていった様子が、ここにも出ています。

2018年の「多重債務」129件は、カジノの議論

2010年代にも「多重債務」には山があります。2018年の129件です。この年の発言を会議録で見ると、衆議院と参議院の内閣委員会、本会議に集中していて、中身は特定複合観光施設区域整備法(いわゆるカジノ法)の審議でした。7月20日の衆議院本会議では、カジノ事業者が客にお金を貸せる仕組みについて「とんでもない貸金業法の事実上の例外」「ギャンブルによる多重債務につながっていく仕組み」だという反対討論が行われています。借りすぎの問題が、貸金業者の話から、ギャンブルとの関係の話へ広がっていたことが分かります。

第196回国会 衆議院 本会議 第45号(2018年7月20日)。2018年の「多重債務」の発言のうち、最初の100件では衆議院内閣委員会が43件、参議院内閣委員会が26件。

2010年代以降:「サラ金」は、たとえ話の言葉になった

2010年の改正法の完全施行の後、「サラ金」の発言は10件前後に減り、2023年は1件、2025年も1件でした。2025年のその1件は、貸金業者の話ではありません。2025年3月13日の衆議院本会議で、貸与型の奨学金について、議員が「日本の奨学金は貸与型が中心で、実態は国によるサラ金、学生ローンです」と述べた発言でした。

第217回国会 衆議院 本会議 第8号(2025年3月13日)。

「サラ金」は、今の国会では、取り立ての厳しい借金をたとえる言葉として使われる程度になっています。一方で「消費者金融」は2025年にも9件の発言に出てきます。法律の議論の中で、業者を呼ぶ言葉が「サラ金」から「消費者金融」「貸金業者」に移ったことが、数字の上でも見えます。

今「サラ金」で探す人が気をつけたいこと

時期 国会で中心だった言葉 その時の議論
1978年 サラ金(398件) 六省庁の連絡会議で規制を議論。出資法の改正か、別の法律か
1983〜84年 サラ金(516件・462件)、サラ金地獄 貸金業規制法の成立と施行。簡裁の調停の約6割がサラ金調停
1999年 サラ金(87件)、消費者金融(57件) 事業者向けの商工ローンの問題
2003年 ヤミ金(183件) ヤミ金融対策法の成立
2006年 多重債務(566件)、消費者金融(314件)、ヤミ金(304件) 上限金利の引下げと過剰貸付けの規制を入れた改正貸金業法
2023〜25年 サラ金は年1件 奨学金のたとえとして使われる程度

「サラ金」という呼び名は、国会ではほとんど使われなくなりました。けれども、今の法律の上で、お金を貸してよいのは貸金業の登録を受けた業者だけで、その条件は2006年の改正で大きく変わっています。昔の呼び名で探すほど、今の法律の外にいる相手に行き着きやすくなります。

1. 呼び名ではなく、登録番号で探す

「サラ金」「街金」「消費者金融」という呼び名は、法律の上の区分ではありません。相手が貸金業の登録を受けているかを、番号で確かめます。

2. 1983年や2006年より前の話を、今に当てはめない

「サラ金なら保証人なしで何社でも」という昔の話は、2006年の改正で借入れの総額が年収の3分の1までに抑えられてから、当てはまりません。

3. 「昔ながら」を名乗る相手の金利を年率に直す

古い呼び名を使う相手ほど、今の上限を超える料金表を出していないかを確かめます。

まとめ

  • 国会会議録で「サラ金」を含む発言は、1978年398件、1983年516件、1984年462件、2006年207件に山があり、2023年と2025年は各1件
  • 1978年には大蔵省銀行局長が「六省庁の連絡会議」でサラ金規制を議論していると答弁。1983年に貸金業規制法が成立し、最高裁総務局長は簡裁の調停事件の約6割がサラ金調停だと答えた
  • 「ヤミ金」は2003年(183件・ヤミ金融対策法)と2006年(304件)に山。「多重債務」は2006年に566件で最大
  • 2006年の改正貸金業法の審議では、多重債務者が230万人ぐらいという数字が語られた
  • 2025年の「サラ金」の発言は、奨学金を「国によるサラ金」とたとえた1件だけ。業者を呼ぶ言葉は「消費者金融」「貸金業者」に移った

借りる前に確かめる順番と相談先は → ソフト闇金で借りる前に確かめること

確かめた資料:国立国会図書館「国会会議録検索システム」検索用API(1970〜2026年、発言単位の件数)と各会議録の本文(第68回 参議院運輸委員会 1971年10月28日、第69回 衆議院大蔵委員会 1972年9月13日・参議院大蔵委員会 同10月13日、衆議院ロッキード問題に関する調査特別委員会 1976年6月24日、第86回 衆議院大蔵委員会 1978年12月14日、衆議院物価問題等に関する特別委員会 1984年7月26日、第100回 参議院法務委員会 1983年11月24日・27日、参議院行政改革に関する特別委員会 1983年11月25日、第146回 参議院財政・金融委員会 1999年12月10日・14日、第156回 参議院財政金融委員会 2003年7月24日、第165回 参議院財政金融委員会 2006年12月12日・参議院本会議 同12月13日、第196回 衆議院本会議 2018年7月20日、第217回 衆議院本会議 2025年3月13日)。いずれも2026年10月14日閲覧。